2011年8月8日月曜日

「歌謡曲-時代を彩った歌たち」(岩波新書1295)-高護著


歌謡曲――時代を彩った歌たち (岩波新書)


この本は日本歌謡曲の歴史を追っていくための非常にコンパクトな入門書である。

筆者自身もはじめににおいて、①その発展の歴史と特性についての時代ごとの考察、②個々の作品の基礎情報と特性についての時代ごとの考察、③それに伴う歌手、作詞家、作曲家、編曲家の役割と個々の特徴および他に与えた影響という、大きく分けて3つの要素を横断しながら、総合的に歌謡曲の全体像に迫っている。

歌謡曲という日本独自の音楽ジャンルを、「多面的かつ複層的に理解することだけではなく、今までとは違った聞き方や考察が生まれるのではないか」と筆者が述べているように、ただの「名曲」というだけではなく、理論的にはどのような工夫がなされているのか、当時の時代背景や海外からの影響といった要素を理解した上で、再度曲を聞いてみることを期待したい。

この記事では簡単に本書の内容を紹介する。詳しい内容や楽曲分析については是非原書を読んで貰いたい。

目次 
序章 戦前・戦後の歌謡曲
第一章 和製ポップスへの道-1960年代
第二章 歌謡曲黄金時代-1970年代
第三章 変貌進化する歌謡曲-1980年代
終章 90年代の萌芽-ダンス・ビート歌謡

この本の幕開けは、戦前の歌謡曲の歴史にまで遡る。「歌謡曲」という名称について、1924年に発明され、音楽のあり方を根本から変えたと言っても過言ではない電気録音方式について、そして国民的作曲家古賀政男の若き日の作品について触れられている。

本書のメインは戦後から1980年代までの約40年間の歴史である。戦後初のヒット曲である「リンゴの唄」、岡晴夫の「憧れのハワイ航路」 などの、大ヒット曲は当時のレコード会社の専属作家システムが産み出した曲たちである。



60年代は海外の曲のカバーポップスとそこから派生した独自の楽曲がブームとなる。渡辺プロダクションや、マナセプロなどのプロダクションを先頭に、メディアを駆使した洋楽志向の若者を購買層としたシーンを形成し始めた。

このカバーポップスの時代8ビートをオリジナルのメロディーとして成立させたのは、中村八大と宮川泰であり、日本語の訳詞を構築したのは、永六輔と岩谷時子である。その後若者をターゲットとした「青春歌謡」の台頭によってカバーポップスは衰退し60年代後半には加山雄三に代表される、エレキブームが到来した。


歌手自身が作曲をするようになり、編曲の役割が重要視され始め「アレンジ革命」とも呼ぶべき新たな手法を歌謡曲に導入したのもこの時期である。筒美京平ら、職業音楽家達はただの伴奏としてではなく、作品としてより立体的に鑑賞に耐えうる作品を目指したのである。

この時代の作品解説「僕は泣いちっち」「潮来笠」「ヴァケーション」「上を向いて歩こう」「恋のバカンス」「高校三年生」「君といつまでも」「君だけに愛を」「恋のハレルヤ」「ブルー・ライト・ヨコハマ」「恋の季節」「女のためいき」などを挙げている。



1970年代はニューミュージックが誕生し、そして定着した10年間である。筆者はニューミュージックの定義として、自作自演であること、そしてフォーク、ロック、ポップスなどジャンルが細分化している店において、歌謡曲と異なると定義している。71年から72年にかけては、アイドル歌謡の誕生と演歌というジャンルがよりその位置を強固にしたという。

この時代は幅の広い豊かな作品群を、阿久悠や筒美京平など職業作家による良質の作品が量産された時代であるとも言える。

テレビというメディアを駆使して、レコード産業は確実にそのマーケットを拡大していった。72年には森昌子の「せんせい」、73年には桜田淳子、山口百恵がデビューする。アイドル・ポップス、演歌、フォーク/ロックという3つのジャンルにヒットが生まれ、ほぼ同時期に各分野のシーンが形成される事になった。

72年の郷ひろみ、西城秀樹、野口五郎など女性ファンを掴む男性アイドルもブームになり、「文芸長ではなくもっと具体的に自分に向けて歌いかけられることが、もはや当然の風潮」となった時代でもあると述べている。



筆者は同じく72年にデビューした麻丘めぐみの「女の子なんだもん」を例に挙げ、聞き手を「個」として捉え、ひたすら「聞き手=あなた」を対象に歌うという点において、従来の個をテーマにした作詞法とは完全に逆転の発想であることを指摘している。

フォークと総称されたジャンルでは、よしだたくろうの「結婚しようよ」、井上陽水の「傘が無い」がヒットし、チューリップやキャロルといったロックバンドもデビューした時代でもある。

77年からはピンクレディーが「S.O.S」から「カメレオン・アーミー」まで9作連続No1を獲得しブームを起こした。山口百恵は「青い果実」にはじまるセクシャル路線から、映画、テレビドラマなどメディアを駆使してその位置を確立した。


ズー・ニー・ヴー「また逢う日まで」、和田アキ子「あの鐘を鳴らすのはあなた」、小柳ルミ子「わたしの城下町」、南沙織「17歳」、郷ひろみ「男の子女の子」、西城秀樹「ちぎれた愛」、山本リンダ「どうにもとまらない」、キャンディーズ「春一番」、ピンクレディー「ペッパー警部」、山口百恵「横須賀ストーリー」。沢田研二「勝手にしやがれ」、などの楽曲解説は読み応えがある。



1980年代で特徴的なのは、「アメリカンフィーリング」などのヒット曲で用いられている、サビの英語詩の譜割りである。ジュディーオング「魅せられて」にも同じ部分があり、カタカナ英語ではない英語詩で、英語の譜割りとして歌詞が作られていることを、筆者は「歌詞そのものが時代の要請で変わっていくひとつの大きな分水嶺でもあった」と述べている。

戦後夢に見た豊かさは現実のものとなり、メロディーやコードといった快適な「サウンド」を重視するシティーポップスが生まれたのもこの時代である。そこでは言葉の響きやリズムが物語と同じ意味それ以上に歌詞に求められていたし、AOR(アダルト・オリエンテッド・ロック=大人向けロック)やフュージョン、ブラック・コンテンポラリーなどの洋楽的な聞き心地が人気となった。ここにはテンションコードや16ビートなどの特徴が見て取れる。

本格的な英語ボーカルに変容していったのは、これらのビートとメロディーの関係における譜割りと歌唱が必要とされていたことと、16ビートを伴なうテンションコードの響きと言葉の関係をより豊かに表現するためであると考えられる。筆者は90年代以降の「J-POP」というジャンルに、このシティーポップスとその技法を導入した歌謡曲と見て取ることができると述べている。



80年代は松田聖子の時代でもあるが、同世代の女子中高生から大きく支持された点において、それ以前、それ以降の「アイドル・ポップ・シンガー」とは異なるアイドルである。作詞家松本隆の存在も注目すべきである。85年にはおニャン子クラブがデビューし、秋元康が作詞家として大躍進した。

77年のSEX PISTOLSの登場を機に、日本にもパンクブームが沸き起こり、ロック志向の若者たちは一気にパンクへと向かい次々とバンドが結成された。同時代のテクノ・ニューウェーブやハードロック。ヘヴィメタルは80年代なかばに大きな潮流を形成した。86年のBOOWYのブレイクはその象徴であり、80年代後半から90年代のバンドブームのさきがけとなったと言える。



この時代の代表曲解説には、寺尾聰「ルビーの指輪」、稲垣潤一「ドラマティック・レイン」、杏里「悲しみがとまらない」、八代亜紀「舟歌」、テレサ・テン「時の流れに身をまかせ」、松田聖子「夏の扉」「赤いスイートピー」「渚のバルコニー」、田原俊彦「ハッとして!Good」、近藤真彦「スニーカーぶる~す」、中森明菜「少女A」「十戒」、小泉今日子「なんてったってアイドル」などである。



終章「90年代の萌芽」としてコンピュータ音楽の発展、ユーロビートブーム、小室哲哉の登場などが簡単に触れられて入るものの、本書のメインは戦後から80年代までであるため、多くのページは割かれていないので、90年代以降の続編も期待したい。

0 件のコメント:

コメントを投稿

I don't have time to be in love - プリシラ・アーン

I don't have time to be in love 恋する時 Kissing you on the cheek, 200 times a week 1週間に200回はキスをする I don't have time to be in love ...